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またしても大波乱である。6月23日にイギリスで実施されたEU離脱の国民投票に続き、米国大統領選もまた大方の予想を覆す結果となった。

ただ、筆者にとっては、トランプ氏の大健闘を称えるというよりも、アメリカにはクリントン女史を心底嫌っている人がかなり存在したという事実に驚きを隠せない。

「リベラルな富裕層」の代表的な存在であるクリントン女史の不人気は、リーマンショック後の米国の格差の深刻さ、それにともなう階層断絶の深刻さを浮き彫りにしたのではなかろうか。

加えて、メディアの情報はバイアスだらけで、如何に信用できないものであるかも明らかになった。さらにいえば、インターネット社会の特徴なのか、新聞等の旧来型メディアが世論を誘導する力も大きく低下していることがはっきりした。

今回の大統領選は、「マスメディアの敗北」でもあるのではなかろうか。

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■マーケットは完全に「リスクオフ」

さて、今回の大統領選の開票状況は、イギリスのEU離脱の国民投票と極めてよく似ていた。開票当初からトランプ氏がリードしたが、多くのマスメディアは、「前半に開票される州は保守的でもともとトランプ氏優勢の地域なので、これから開票が進むに従って、クリントン女史が逆転するだろう」と報じた。

確かに一瞬、クリントン女史が逆転したが、すぐにトランプ氏が再逆転、そして、事前に接戦が予想されていた州でトランプ氏がことごとく勝利することで、トランプ氏がほぼ一貫してリードする展開でゴールにたどり着いた。

この開票結果を受けて、日本市場では、円高株安が進行した。結局、日経平均株価は前日比919.84円安の1万6251円46銭で引けた。ドル円レートも前日比1.96円円高の1ドル=102.45円で推移している。

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マーケットは典型的な「リスクオフ」の状況である。大統領選中に、数々の暴言を吐いてきたトランプ氏が実際に大統領になるとどんな暴挙をしでかすかわからない、という投資家心理の表れであったのだろう。

だが、筆者は、このマーケットの反応は「方向違い」ではないかと考えている。

筆者は以前にも当コラムで指摘したように、トランプ氏の掲げる経済政策構想はそれほど質の悪いものではないと考えているし、「暴走」が懸念される安全保障・外交政策(例えば、メキシコに「万里の長城」のような壁を建設して不法移民の流入を防ぐとか、イスラム教徒の移民禁止など)も、実際の政策運営に際しては、発言のような政策をそのまま行うことは不可能であろうと考えるためである。

そもそも、大統領は、決して「王様」や「独裁者」ではない。法案も、拒否権はあるにせよ、議会との共同作業で作成せざるを得ない。大統領は、明確な法体系で定められた行政機能の一部であると考えた方がよいのではなかろうか。

そのようにいうと、ヒトラーのナチス政権も、当時のドイツの国内法を遵守しながら生まれた独裁政権ではなかったか、という指摘をされるかもしれない。だが、トランプ氏に対しては、味方であるはずの共和党員の間でも批判的な声が強い。

もしトランプ氏が国益につながらない「暴走」を試みた場合、議会がそれを制する可能性の方が高いのではなかろうか。あるいは、そのことを事前に察知したスタッフがトランプ氏に自重を求めるのではなかろうか。

そう考えると、「トランプ新大統領」の最大のリスクは、自分の思うような行動ができないことから、やる気をなくし、任期中の早い段階で「レームダック」化してしまうことではなかろうか。したがって、いまマーケットで懸念されている「トランプリスク」には筆者は極めて懐疑的である。

■トランプ「大化け」の理由

ところで、筆者のトランプ新大統領に対する期待は、「長期停滞」を打ち破ることである。

トランプ氏は、個人、企業に対する大型減税とインフラ整備を含む公共投資の拡大を経済政策構想として掲げている。最近の「長期停滞」の議論では、金融緩和と同時に財政拡大を行うことが、「長期停滞」を打破できるポリシーミックス(政策の組み合わせ)であるとされている。トランプ新大統領の経済政策構想はこれに当てはまると思われる。

これもかつて当コラムで言及したが、トランプ新大統領の経済政策構想は、彼が意図しているか意図していないかは不明だが、「レーガノミックス」に近いと思われる。

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レーガノミックスは経済の供給サイドの構造改革という見方があるが、レーガン大統領下で進められた大型減税と防衛費を中心とした財政支出の拡大は、短期的には「古典的なケインズ効果」をもたらし、米国経済を回復させた。

トランプ新大統領の経済政策も、実現すれば、このレーガノミックスの「古典的ケインズ効果」が発現し、これが「長期停滞」からの脱却に寄与するかもしれない。

また、「フィンテック」に代表されるように、米国にはイノベーションの芽が出つつあるという「構造面(サプライサイド)」の期待もある。ただ、イノベーションが開花し、米国経済全体にプラスの効果をもたらすためには、イノベーションにお金がつかなければならない。

現在、米国企業は日本企業同様、膨大な資金余剰を抱えている。これまでは自社株買いによる株価対策に使われることが多く、イノベーションに寄与した部分は少なかったと思われるが、「長期停滞」から脱却できる可能性が高まれば、企業は将来の成長のための投資を再び積極化する可能性もある。

その意味で、トランプ新大統領は「大化け」する可能性を秘めていると考えている。

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■立ちはだかる2つの課題

ただし、トランプ新大統領が「大化け」するためには、2つの課題をクリアする必要がある。

1つめの課題は、来年3月に現在の債務上限引き上げの期限が切れること。トランプ新大統領が財政支出拡大政策を実施するためには、この債務上限を大幅に引き上げる必要がある(もしくは撤回する必要があるが、撤回は難しいと思われる)。

共和党内にもそれなりに財政再建派は存在することが想定されるため、トランプ新大統領は、財政再建派をねじ伏せる必要がある。もし、それができなければ、中途半端な財政支出拡大になってしまい、経済に対する効果は極めて限定的になってしまう。

2つめの課題は、FRBの金融政策である。もし、債務上限引き上げに成功しても、FRBが現在の利上げ路線を維持し続けた場合、米国経済に対する効果はかなりの程度相殺されてしまう。それは、「金融引き締め・財政拡大」のポリシーミックスは大幅なドル高を招く恐れがあるためだ。

しかも、FRBが利上げを続ける場合、同時にマネタリーベースを急激に縮小させる可能性が高い。これもドル高要因であろう。さらにいえば、国債増発と金融引き締めの組み合わせは、長期金利上昇を誘発しやすい。

金利の上昇は、各種ローン金利の上昇を通じて消費や住宅投資にはネガティブに作用するだろう。また、ドル高は、米国の製造業にとっては大打撃である。製造業の業況悪化は、トランプ氏の経済政策の構想と矛盾することになるため、トランプ氏はFRBの利上げに政治的圧力をかけてくるかもしれない(現在、トランプ氏は、これまでのFRBの超金融緩和を批判しているようだが、それは、大きな勘違いであり、そのうちスタッフが正すのではなかろうか)。

むしろ、トランプ新大統領にとっては、就任早々、米国の景気に減速感が出たほうがありがたいのかもしれない。その意味で、マーケットが「トランプリスク」を意識すればするほど、トランプ新大統領は大胆な経済政策を実行しやすくなるという皮肉な状況になっている可能性もある。

■日本外交の課題は何か?

ところで、トランプ新大統領は、TPPに反対の意を表明していた。このような経緯もあり、日本の産業界では、トランプ新大統領の「保護貿易主義」的な政策に対し、警戒感が強いようだ。

トランプ新大統領の経済政策の根幹は、「米国国内での米国人の雇用機会の確保」であるように思われる。そのため、産業保護的な志向が強いという側面は否定できない。特に、リーマンショック後の雇用喪失や非正規雇用化による低賃金に不満を強めた階層の高い支持を得たことが、今回の大統領選の勝利につながったという側面があるのだろう。

彼らの不満に応えるという意味で、保護貿易的な側面は否定できない。だが、これまで高度に発達した国際分業体制を、急に壊すことはできないのもまた事実である。従って、TPP自体に反対というよりも、米国に有利になるようTPPの枠組みを改正しようとするかもしれない。

また、米国が「グローバル化」から「ローカル化」に舵を切るということは、オバマ政権時から既にみられたことである。キューバとの国交回復の動き等を考えると、米国は、自国の経済発展に有用な国・地域をある程度限定して、「米国経済圏」を構築しようとしているのではないかと疑いたくなる。

もし、そうであれば、日本がその「米国経済圏」に入れるか入れないかという点は、日本外交の課題になるかもしれない。

さらにいえば、トランプ新大統領は、ロシアのプーチン大統領とも親しいとされている。安倍政権下で進められているロシアとの諸交渉は、トランプ新大統領下での米国政府との友好関係を築くことに有益であるのかもしれない。

大統領選が終わったばかりで印象論が中心となったが、トランプ新大統領が率いる来年以降の米国については、論点がたくさんある。トランプ新大統領を否定するのではなく、様々な論点を注意深く検討することで、冷静に対応することが望まれよう。

2016年6月23日、誰もがその結果に驚愕した英EU離脱の国民投票。メディアはイギリス経済の崩壊を煽り「第二のリーマン・ショック」が近いとの声も聞こえたが、そうしたシナリオはほんとうに正しいのか?